3df42f65.gif捨てる事はできるのか?

自分の実現したい欲求も捨てる事ができるのか?どこまで精製する事ができるのか?
住宅の設計にも同じ事が言えるが「過ぎ」は良いものを生まない時代だと感じる。

工務店の社長さんとの会話のおかげで気がつく事ができた。
無い時代は持つ事が良い事であったが。
有る時代は持たない事が良い事なのかもしれない。

無い時は選択ができないから、良いもの、悪いものくらいにしかわけられない。
一般に良いと言われるものを手にいれられたら満足だった。

有る時は好みから選ばなくてはいけない。
自分の限界や嗜好、使いこなせる能力があるかどうか、自分の求めるリミットとメリットを自分で定めて、自分に適するものを明確にしなくては、満足いかないからだ。
自分の満足を自分で定める事ができなければ永遠に不満なのだ。
不満を解決するために、また新しい「もの」「こと」を求める。
また不満、また求める
また不満。

いろいろな「もの」や「こと」を自由に選べる良い時代なのだ。
ある一面の不満を満足させるものはすぐに手に入る。しかし、その裏にあるもう一面の部分もきちんと把握していないと、新しい不満が生まれるだろう。

新しい事を1つはじめると、「余計なもの」「余計なこと」が3つおまけでついて来る事を忘れてはならない。その余計な事を自業自得と納得しないで「もの」「こと」で解決しようとしても無駄だ。
それにも更にオマケがついてくる。
しかもネズミ算のように増える。

ほら!
選べない不自由な時代から選べる自由で便利な時代?になったら?
何がよくて何が悪いかわからない。と言うカオスのおまけがついてきた。

あぁ〜面倒だ(笑)もっと簡単に考える事にしよう!
どんどん捨てなくては
「もったいない」と言う前に「もたない」のが良いのかな?







シンプルに





更にシンプルに




そしてシンプルに




自分に言い聞かせる。